「お、開いてる開いてる」
先輩のカクさんがラーメン日本一の赤い提灯を指しながら言った。
数日前に来た時は夏休みだったので、泣く泣く来た道を戻ったのだ。同店は堀川北山にある。郵便局の向いで、分かりやすい。
そして僕らは数日前、チャリをこいで出町柳からはるばる参上したのであった。店が休んだくらいで大の男2人が泣いてしまうのも、まあ理解できなくはない距離であろうというものだ。
「嬉しいっす。俺、嬉しいっす」
「バカヤロー。おめぇ、泣くな。くっ・・・俺まで涙が・・・」
などと、少々キモいやり取りをして店の扉を開ける。
2人とも成人式に行かなかったから、こんな風になってしまったのだろうか・・・。
この店のウリはド根性ラーメンという、とってもボリュームがあるモンスター・ラーメンである。二人ともこれを注文。
ド根性ラーメンを20分で2杯完食したら無料、40分で3杯完食すれば店での飲食が永久にタダだという。もちろん、しくじったら実費を払わなくてはならない。
(前までは950円だったのだが、最近1000円になったようだ。それから、夜中の3時までの営業だったのに、深夜0時までに変わっていた。定休日は月曜である。)
店の壁には、これに挑んで見事に勝利したツワモノたちの名前が、栄光とともに刻まれている。
それを眺めながらカクさんが言った。
「京都ってさ、条件さえクリアすりゃタダ飯が食える店がいくつかあるよな」
「そうですね。思いつく範囲だとこの店、それから王将の出町柳店・・・」
王将の方はフードファイトではなく、皿洗いをするとご飯を食べさせてくれるのである。
「お前、皿洗ったことある?」
「いえ、一度も。カクさんは?」
「俺もない」
意外だった。
「やってるヤツ見たことあるか?」
「前にテレビで。生ではないですね」
「あれ、いつかやろうって思ってたけど、なんか思いきれねーんだよなぁ」
「ですよね。あと他に、タダ飯ってどこかあります?」
「うーん・・・唐子の食い逃げメニューとか」
この食い逃げメニューというのは、東大路二条あたりにある有名ラーメン店の唐子で出しているものだ。カウンターの上に野菜炒めとか、マーボー豆腐とか、とりあえずその日の店の人の気分で作ったおかずを乗せていて、小皿に取って食べるシステムである。これが無料なのだ。初めて見た時、京都府知事は唐子を表彰すべきだと思った。今でもそう思う。もちろん、これだけを食べさせてくれるわけではないが、タダ飯にカウントしておこう。
「じゃあ、くらまもそうですよ」
くらまは唐子ラーメンの店員さんだった人がやっているラーメン屋さんだ。千本鞍馬口にある。接客もよく、味もおいしい。システムは唐子と似ている。だから食い逃げメニューもある。
そんな話をしているとド根性ラーメンが来た。
やはりいつ食っても迫力がある。
「お前、ここのフードファイト、挑戦したことある?」
「いや、ないです。無理です」
僕は1杯に15分かかる。
「だよな。食えたやつ、すげーよな。しかも飲食が永久無料だろ?」
「ビールもですかね?」
「そうじゃね?俺も保険としてやっとこうかな」
「何の保険ですか?」
「仕事がなくなって、食うものに困った時のためだよ。いざその時になって金がなくて、いっちょ日本一の3杯完食に挑戦するかってなっても、もし失敗したら実費だろ」
「そうですね」
「その時は実費払えねえ状況だから、それはリスクがありすぎるだろ」
「はあ、まあ」
何だか不景気な話だ。
「だから余裕があるうちに、飲み食い永久無料権を獲得しなくちゃいけないんだよ」
お前も金のあるうちにやっとけ、とカクさんはチャーシューを箸でつまみながら言った。